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2012年12月07日

この世界とわたしのどこか  日本の新進作家

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                  ▲大塚千野 <1976 and 2005,Kamakura,Japan>2005年 
●会 期  2012年12月8日~2013年1月27日(日曜) 10:00-18:00(木・金は20:00まで)月曜休館、12/29-1/1休館、1/2,3は11:00開館
●会 場  東京都写真美術館 恵比寿ガーデンプレイス内 Tel: 03-3280-0099
●観覧料 一般700円、学生600円、中高生・65歳以上500円
解 説……笠原美智子学芸員による
 「失われた20年」と言われる。わたしはこのことばに違和感がある。「失われた20年」が経済的観点からの1990年代から2000年代への評価であることは知っていても、なお違和感がぬぐえないのは、そこには1990年以前への懐古の念が漂っているからである。デフレによる消費や投資の停滞、雇用環境の悪化による非正規労働者の増加、所得格差の増大、膨大な財政赤字、少子高齢化、急激な円高・株安、輸出の減少、それに追い討ちをかけるような東日本大震災と原発事故。確かにこの国には閉塞感と不安感が立ち込めている。それでもこの20年間が「失われた」とはわたしには思えない。(中略)
 この20年間で「失われた」のは、既得権益を持つ大きな集団や制度、それに基ずく価値観への信頼である。金融資本主義も官僚制度も家父長制度も、二大政党制も大企業中心主義も、グローバル化も市場中心主義も、ほんとうのところは誰のためのシステムなのかと疑うようになった。
 「失われた20年」とは、そうした信頼を失った権力や経済的な優位を甘受した者たちが、「昔は良かった」と嘆く自己憐憫の言葉である。社会状況の変化によって変わってしまった人々の意識に応じてシステムや制度を変更するのではなく、信頼を失った旧態依然のシステムや価値観を無理やり稼動させていることが、閉塞感と不安感の原因である。
 そんな「絶望の国」の社会や政治にうんざりして見限って、若者は慎ましくも堅実に「今、ここ」に幸せを見いだそうとしているのだろう。
                           *
 本展は1972年から1979年生まれの5人の女性作家を取り上げている。いずれもバブル崩壊後に成人し、この10年あまりでアーティストとしてのキャノアわ確実に積み上げてきた作家たちである。閉塞感と不安感に満ちて、様々な問題が山積し、既存の価値観が大きく変化している現代にあって、それでも彼女たちはそれぞれが自分の足元を見つめながら自分の課題と格闘し、独自の世界を創造している。
 いまもっとも勢いのある新進作家5人の作品を考えることで、日本の「今」の一側面を浮かびあがらせてみたい。(プレスリリースより)
出品作家……菊池智子、田口和奈、笹岡啓子、大塚千野、蔵 真墨

投稿者 ips_kanri : 2012年12月07日 18:59